難聴といびき
人間は外界の情報を得るために、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の五感を利用しています。その中でも視覚からの情報量が約80%、聴覚は約10%と報告されています。圧倒的に視覚からの情報に人間は頼っていることがわかりますが、喜怒哀楽である感情は聴覚からの情報がとても大切です。実際に怖い映画を、音声を消して見ていてもあまり怖くないですが、そこで音声を入れるとグッと感情が刺激されることがわかると思います。平成28年度厚生労働省の報告では、聴覚・言語障害の身体障害者手帳の所持者は約34万人です。身体障害者手帳を取得する基準は高度難聴以上であるために、軽度難聴を含めるとは少なくとも1,500万人以上は存在すると推定されています。これは約9人に1人の割合です。難聴は決して珍しい病気ではありません。
難聴を理解するためには、音がどのようにして脳まで伝わるのかを知る必要があります。
音が耳の穴(外耳道)に入ると、穴の奥にある直径1cmの薄い膜(鼓膜)にあたり、鼓膜が振動します。鼓膜の振動が、鼓膜についている小さい骨(耳小骨:3つあります)を振動させます。この耳小骨のある空間を中耳腔といいます。中耳炎はここに炎症を起こす病気です。耳小骨の振動が蝸牛に伝わります。蝸牛の中には液体が満ちており、その液体に振動が伝わると蝸牛の中にある有毛細胞が刺激され電気刺激となり、その信号が神経(聴神経)に伝わり、脳幹を介して音を認識する大脳に伝わっていきます。
中耳炎など音の振動が伝わりにくい難聴を伝音難聴といい、蝸牛や神経が障害されて電気刺激が伝わりにくい難聴を感音難聴といいます。
一般に人間が聞こえる周波数の範囲は低い周波数で20Hz(ヘルツ)から高い周波数で20kHz(キロヘルツ)といわれています。
健康診断では1kHzと4kHzを検査しますが、耳鼻咽喉科にて詳しい聴力検査をする場合は、会話に必要な125Hzから8kHzまで測定します。各周波数で音をだんだんと小さくしていき、どの位の小さい音まで聞こえるのかを検査することで、その人の聴力が判断されます。
音の大きさで20dB(デシベル)まで聞こえていれば正常ですが、25dB以上40dB未満を軽度難聴、40dB以上70dB未満を中等度難聴、70dB以上90dB未満を高度難聴、90dB以上を重度難聴と分類されます。高度難聴になると掃除機の音が、重度難聴となると地下鉄車内の騒音が聞こえなくなります。
音が耳から脳に伝わるまでの経路で、何らからの障害が起きると難聴になります。
耳垢がたまったり、鼓膜が破けたり、中耳炎になり音の振動が伝わりにくいと伝音難聴となり、突発性難聴やメニエール病、聴神経腫瘍などで電気刺激が伝わりにくいと感音難聴となります。中耳炎を繰り返し、蝸牛まで炎症を起こすと伝音難聴と感音難聴が合わさった混合性難聴となります。
聴覚は加齢によっても悪化していきます。聴覚の老化は20代から高周波数域から難聴が始まるといわれています。2012年国立長寿医療研究センターのデータを検討した報告では、50代後半の約10%、60代の約30%、70代の約60%、80代の約75%に難聴があるとしています。
難聴の原因として老人性難聴が一番多いと考えられます。睡眠時無呼吸症候群も難聴を起こす原因として、世界から報告されています。
1980年頃より睡眠時無呼吸症候群の聴覚に対する影響が研究されています。2012年台湾にて約1万9千人を対象とした研究で、閉塞性睡眠時無呼吸症候群の人は無呼吸症状のない人に比べて、突然聞こえが悪くなる突発性難聴の有病率が1.5倍高いことを報告しています。2016年イタリアにて160名を対象とした検討では、睡眠時無呼吸が中等度から重度の人は無呼吸のない人と比較して耳鳴の有病率が2倍高く、高音域(高周波数域)の難聴を認める割合が多いことを報告しています。同じく、2016年米国から約1万4千人を対象とした検討で、睡眠時無呼吸症候群の人は無呼吸のない人と比較して高音域の難聴を起こす可能性が1.3倍高くなり、しかも無呼吸の程度が重症なほど難聴の程度が悪化し、高音域ばかりでなく低音域も障害を受けることを報告しています。
では、なぜ睡眠時無呼吸症候群は難聴を起こすのでしょうか?その原因は現在も解明されていません。
睡眠時無呼吸症候群は空気の通り道(気道)が閉塞または狭窄し酸素が取込みにくく低酸素血症となり、苦しくなることで覚醒し、また気道が拡がり酸素を取り込むという周期的に低酸素血症を繰り返す病気です。一時的に低酸素の状態から急に酸素の状態が回復すると、その環境変化から細胞は活性酸素を発生させます。活性酸素は適度な量ならば、体内の免疫機能や感染防御の重要な役割を担いますが、過剰に発生すると細胞を障害します。血管内皮細胞が障害されると血液の流れが悪くなり循環不全が生じます。音の振動を電気刺激に変換する蝸牛は内耳動脈という細い動脈1本で栄養を受けているため、その循環が悪くなると難聴を起こします。
つまり、睡眠時無呼吸症候群は活性酸素を体内で過剰に発生させ、それが血管を障害し循環不全を起こすためにその症状の一つとして難聴を起こすと考えられています。ドイツ、イタリア、中国から、脳幹の機能を見る聴性脳幹反応検査にて睡眠時無呼吸症候群の患者さんの脳幹の機能異常が報告されており、循環不全は蝸牛ばかりでなく脳でも生じていることが示唆されています。
睡眠時無呼吸症候群の患者さんはいびき症状を90~98%持っていて、逆に慢性いびき症の約30%に睡眠時無呼吸症を持つと報告されています。このようにいびきと睡眠時無呼吸症候群は強く関係しています。では、睡眠時無呼吸を伴っていない単純性いびき症は難聴を起こすのでしょうか?
2017年イタリアから単純性いびき症15名といびきのない人30名を比較したら、聴覚に明らかな差は認められなかったと報告されています。しかし、2016年トルコから単純性いびき症18名、閉塞性睡眠時無呼吸症候群27名をいびき・無呼吸のない人と比較したところ、通常検査をしない10〜16kHzという高音域で単純性いびき症の人も睡眠時無呼吸症候群の人と同様に聴力の悪化を認めたと報告しています。ここでの研究者は、この難聴は低酸素血症によるものではなく大きないびきの音の暴露で生じたものと推論しています。2003年カナダから繰り返すいびき音を聞いていることによりベッドパートナーが難聴となることも報告されています。ただし、騒音による難聴は、最低でも85dBを8時間継続して暴露されないと生じないとされています。1999年米国ミネソタ大学の研究ではいびきを持つ1,138名のいびき音量を測定したら平均46.2dBであり、睡眠時無呼吸を持つ人はさらに平均5デシベル大きいことが報告されています。
このことから、無呼吸を伴っていない単純性いびき症が85dBの音量を継続的に出すのは難しいと考えられ、いびき音そのものが難聴を起こすのかまだ議論の余地があります。単純性いびき症でも低酸素血症を起こす可能性はあり、やはり活性酸素による障害は否定できません。つまり、いびきは難聴を起こす可能性があり、気をつけなくてはいけません。
当院では、なぜいびきが生じているのかを診断しています。適応のある患者さんに対しては、レーザーによるいびき治療を保険診療で行っていますが、外科的な治療ばかりがいびき治療ではありません。肥満があり重症な睡眠時無呼吸をともなっている場合は、まず体重の減量とCPAP治療やマウスピース装用を勧めます。いびきについて悩んでおり、治療について診察を受けたい方は当院へ気軽にご相談ください。
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