めまいといびき
今回はめまいといびきの関係についてお話しします。
「めまい」と一口に言っても、それを定義するのはなかなか難しい症状です。周囲や自分がくるくる回る感覚もあれば、ふわふわするような、気が遠くなるような、目の前が暗くなるような感覚も、物が二重に見える感覚も「めまい」と患者さんが訴えるためです。
ここでは、身体の安定感が失われる平衡感覚の障害を「めまい」としてお話ししていきます。
めまいの定義が難しいためにめまいの統計も難しく、日本においてその有病率を示した報告はほとんどありません。2014年に英国のユニバーシティー・カレッジ・ロンドンによる過去45年に報告された論文の系統的レビューでは、めまいの生涯有病率は17-30%と報告しています。令和元年の厚生労働省の報告では、日本で医療を受診する一番の理由である高血圧が男性29.9%、女性24.9%に認めると示しています。これと比較してもめまいの有病率は意外と高いことがわかります。さらに、乗り物酔いなど一時的なめまいで医療機関を受診しない場合があることを考えると、実際はより多くの人がめまいを経験していると考えられます。
「めまい」はいろいろな症状を表現しているので、その原因も多岐にわたります。
ここで少し、我々人間がどのようにバランスを保っているのかをお話します。1890年頃より二足歩行ロボットの研究が行われるも開発は困難であり、本田技研工業がASIMOを誕生させたのは2000年です。人間の赤ちゃんは生後10ヶ月前後でつかまり立ちを始め、1歳頃より歩き始めます。人間がこのように簡単に歩き始められるのは、「目からの情報」、「重力や加速、回転などを感知した耳(前庭)からの情報」、「自分の体の動きを感知する皮膚や関節からの情報」を脳(特に小脳)で統合し、眼球や首、身体への筋肉に信号を送り、それぞれの筋肉が作用し、バランスを保つことができるからです。そしてそれを認知することで安定感を自覚します。つまり、このどの部分が障害されても「めまい」が生じることになります。
代表的なものは、メニエール病、前庭神経炎、良性発作性頭位めまい症など耳が原因でなる場合、高血圧や低血圧、不整脈や心臓疾患など循環器の病気で脳の血流障害を起こす場合、脳梗塞や脳出血、脳腫瘍など直接的に脳が障害をうける場合、視力障害、眼精疲労、眼球運動障害など眼科領域の原因でなる場合、糖尿病や膠原病による神経障害、自己免疫疾患やアルコール中毒などの筋肉障害、全体的に機能が低下してくる加齢性変化、安定感の認知障害を起こすうつ病など様々な要因で「めまい」が起きます。
2018年ドイツのマールブルク大学による過去に発表された約2,500論文の統計的レビューでは、めまいを起こす原因は耳の疾患 (24%)、心血管疾患(30%)、神経学的疾患(6%)、精神的疾患(10%)、診断不明(40%)と報告しています。めまいの原因が明確に診断されないことが多いことがわかります。その診断不明の中に睡眠時無呼吸症候群がめまいの原因として関係あることが、2010年頃より報告されるようになってきました。
徹夜で試験勉強をしたり、仕事をしたりした後に、ふらつく経験は誰しもあると思います。
姿勢の安定性は、24-48時間の睡眠不足によって影響をうけることは過去に報告されています。これは、睡眠不足により脳(両側後頭頂葉や前頭前皮質領域)の活性化が悪くなり、バランスをとる反応が鈍くなると考えられています。
2010年名古屋大学から、治療抵抗性のメニエール病患者さんの睡眠中の詳しい脳波を検討したところ、深い睡眠が減少しており、中途覚醒の数が増加していたことを世界で初めて示しました。最近では、2021年中国の包頭市中心医院から、良性発作性頭位めまい患者さんが健常者と比較して、睡眠障害の有病率が3倍高いことを示しています。
これらの事実は、睡眠障害がめまいを発症させるのか、めまいが睡眠障害を発症するのかという疑問を生みます。この疑問について2014年東京医科大学から報告されており、どちらも有りうるとの結論です。
2010年イタリア、パレルモ大学から睡眠障害を起こす代表的な疾患である睡眠時無呼吸症候群の患者さん45名の平衡機能検査をしたら、半数以上に前庭機能障害を認めたと報告されてから世界で睡眠時無呼吸症候群とめまいの関係が報告されるようになりました。ここでの平衡機能検査は、耳の中でバランスを感じるセンサー(前庭)の一つである半規管の機能を見ています。2014年トルコから、前庭のもう一つのセンサーである耳石器の機能をみる前庭誘発頸筋電位(VEMP)を重度睡眠時無呼吸症候群の患者さん28名で測定したところ、反応の減少が認められたと報告しています。2017年イタリア、ローマ・トルヴェルガタ大学から中等度から重度の睡眠時無呼吸症候群32名の半規管機能を見るビデオヘッドインパルス検査(vHIT)を行い、反応の異常を報告しています。2017年台湾、長庚大学から台湾国民健康保険研究データベースを用いて、めまいの既往のない睡眠時無呼吸症候群5千人と睡眠時無呼吸症候群のない2万人を比較し、8年経過したところでのめまいの累積発生率は、睡眠時無呼吸患者さんは無呼吸のない人よりも1.5倍有意に高いことを示しました。
これらの報告から、睡眠時無呼吸症候群が平衡機能を悪くさせ、めまい症状を起こす可能性があることがわかります。
では、なぜ睡眠時無呼吸症候群がめまいを起こしてくるのか?この疑問に対して、まだ明確な答えは出ていません。
睡眠時無呼吸症候群は空気の通り道(気道)が閉塞または狭窄し酸素が取込みにくく低酸素血症となり、苦しくなることで覚醒し、また気道が拡がり酸素を取り込むという周期的に低酸素血症を繰り返す病気です。一時的に低酸素の状態から急に酸素の状態が回復すると、その環境変化から細胞は活性酸素を発生させます。活性酸素が過剰に発生すると細胞を障害します。血管内皮細胞が障害されると血液の流れが悪くなり循環不全が生じます。重力や加速、回転などを感知する耳の中の前庭は内耳動脈という細い動脈1本で栄養を受けているため、その循環が悪くなるとめまいを起こします。
つまり、睡眠時無呼吸による内耳循環不全がめまいを起こさせる原因と考えられています。
2020年トルコ、セルチュク大学から閉塞性睡眠時無呼吸症候群の患者さん60名のVEMPを測定し、無呼吸の重症度とVEMPの反応の程度に相関があることから、低酸素が脳幹に影響を与えていると報告しています。これは、脳幹梗塞や多発性硬化症などの脳幹障害にてVEMPの異常が報告されていることを踏まえて推察していますが、これには議論の余地があります。今後の研究が進んで、睡眠時無呼吸症候群の平衡機能障害が耳からなのか、脳からなのか、もしくは両方からなのか解明されていくものと思います。
睡眠時無呼吸症候群の患者さんはいびき症状を90~98%持っていて、逆に慢性いびき症の約30%に睡眠時無呼吸症を持つと報告されています。このようにいびきと睡眠時無呼吸症候群は強く関係しています。では、睡眠時無呼吸を伴っていない単純性いびき症はめまいを起こすのでしょうか?
先に示した2014年トルコでの報告では、単純性いびき症患者さんのVEMPを測定しており、明らかな異常を示していません。2020年トルコ、セルチュク大学からの報告でも、健常者と軽度睡眠時無呼吸症候群の患者さんのVEMPに差を認めていません。つまり、中等度以上の睡眠時無呼吸症候群では平衡機能に障害を起こす可能性が高くなると考えられます。
2015年名古屋大学から、治療抵抗性のメニエール病で、同時に閉塞性睡眠時無呼吸症候群のある20人の患者さんが睡眠時無呼吸の治療であるCPAP療法を受け、めまい症状の改善を認めたことを報告しています。同様に、2019年イタリア、ローマ・トルヴェルガタ大学から中等度から重度の睡眠時無呼吸症候群32名にCPAP装用12ヶ月でバランス機能の改善が認められています。
慢性のめまいがあり、家族からいびきを指摘されている場合、睡眠時無呼吸症候群が隠れており、睡眠時無呼吸の治療をすることでめまい症状が軽減する可能性があります。近くの医療機関にて睡眠時無呼吸の有無を検査することを勧めます。
当院では、なぜいびきが生じているのかを診断しています。
適応のある患者さんに対しては、レーザーによるいびき治療を保険診療で行っていますが、外科的な治療ばかりがいびき治療ではありません。肥満があり重症な睡眠時無呼吸をともなっている場合は、まず体重の減量とCPAP治療やマウスピース装用を勧めます。
いびきについて悩んでおり、治療について診察を受けたい方は当院へ気軽にご相談ください。
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