腸内細菌といびき
最近、メディアで「腸活」という言葉をよく耳にするようになり、腸内細菌叢(腸内フローラ)に注目が集まっています。腸内細菌について知ることは、いまや健康維持のために不可欠となってきています。腸活とは腸内環境を整える活動のことで、具体的には腸に良い食事を心がけたり、日々の生活に運動を取り入れたりすることを指します。 今回は、この腸内細菌と睡眠時無呼吸症候群の関係についてお話しします。
最近の研究によると、ヒトの消化管には約1,000種、100兆個の細菌が存在し、腸内細菌は好気性菌と嫌気性菌(酸素があってもなくても生きていける通性嫌気性菌と酸素があると生きていけない偏性嫌気性菌)に分類することができます。
消化管は、口から肛門までつながっていて、口に近い腸は酸素が多く、肛門に近づくにつれ酸素は少なくなります。1000種類以上存在する腸内細菌は、小腸から大腸まで自分の住みやすい酸素濃度の場所に集団で生息していて、約9割は大腸に生息していると言われています。
メディアでは、腸内細菌は大きく「善玉菌」、「悪玉菌」、「日和見菌」の三つに分類され、「善玉菌」が2割、「悪玉菌」が1割、「日和見菌」が7割なのが良い構成とされています。これは学術用語ではなく俗称ですが、一般的には整腸作用などヒトにとって有用な働きをする乳酸菌やビフィズス菌などを「善玉菌」、病気や食中毒の原因となる細菌であるウエルシュ菌や一部のサルモネラ菌などを「悪玉菌」、いずれにも分けられない腸内細菌を「日和見菌」と呼んでいます。
日和見菌は健康なときはおとなしいですが、からだが弱ったりすると腸内で悪い働きをする菌で、大腸菌や連鎖球菌があります。
17世紀にオランダの科学者レーウェンフックが腸内に細菌がいると報告して以来、1885年ウィーン大学のエシュリッヒにより大腸菌、1899年パスツール研究所のティシエによりビフィズス菌が発見されますが、1890年に北里柴三郎が嫌気性菌の培養法を確立し、1964年に東京大学の光岡知足による腸内細菌の包括的培養法が開発され、21世紀に入り遺伝子解析が行われるようになり、腸内細菌の研究が大きく進みました。腸内細菌が最近になって注目される理由がここにあります。
腸内細菌は食物繊維やタンパク質を代謝し短鎖脂肪酸をはじめとする代謝物質を産生します。これら代謝産物が、宿主であるヒトに対して作用し、免疫系や代謝系、脳機能など様々な機能を調節していることが最近わかってきました。腸内細菌の破綻が、潰瘍性大腸炎や自己免疫疾患、肥満、糖尿病、自閉症、大腸癌、高血圧症、アテローム性動脈硬化症、慢性腎臓病に影響を与えることが報告されています。
過去数十年にわたって、腸内細菌叢が睡眠の調節に重要な機能を担っていることが研究で示されてきました。
2020年筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の研究では、抗生物質で腸内細菌を減少させたマウスは、対照マウスと比較して睡眠覚醒パターンに変化があることを報告しています。この研究では、精神を安定させる働きのある神経伝達物質であるセロトニンの低下を認めたと報告しています。
2020年米国ジョージア・サザン大学での若くて健康な28人の検討では、睡眠の質と腸内細菌の多様性に正の相関関係を認めています。同様に2021年米国シカゴ大学での約650人を対象とした検討では、睡眠時間が短いと腸内細菌の多様性が減少することを示しています。
2020年オーストラリアのグリフィス大学による過去40年のプロバイオティクスと睡眠における世界の報告に対するメタ解析において、プロバイオティクスにより睡眠の質が改善していることを示しています。「プロバイオティクス(Probiotics)」とは、「適正な量を摂取したときに有用な効果をもたらす生きた微生物」のことをいいます。その代表的なものが乳酸菌です。
つまり、バランスの取れた腸内細菌は生理的睡眠を維持するために不可欠であり、その破綻は睡眠時間と睡眠不足後の回復に影響を与え、睡眠覚醒パターンの障害につながることを意味します。
2015年スペインのマラガにある研究施設にて、断続的な低酸素暴露されたマウスを調べ、対照群よりも腸内細菌の中でファーミキューテス門の豊富さが高く、バクテロイデス門とプロテオバクテリア門の豊富さが少ないことを示しました。
ヒトの腸内細菌の99%以上がファーミキューテス門、バクテロイデス門、プロテオバクテリア門、アクチノバクテリア門の4種類に分類できます。ファーミキューテス門には乳酸菌など善玉菌も含まれますが、種類によっては腸のバリアを破壊する有害な作用もあり、またエネルギー吸収率が高くなり肥満の原因ともなります。バクテロイデス門は食物繊維を分解する能力が高く、短鎖脂肪酸を排出します。科学的にはファーミキューテス門対バクテロデス門の比(F/B比)が高いほど腸内環境が悪いと考えています。ちなみにビフィズス菌はアクチノバクテリア門です。
2020年米国ミズーリ大学での研究にて、断続的な低酸素にさらされたマウスから抽出された腸内細菌を通常のマウスに移植すると移植されたマウスに睡眠障害を認めたことから、睡眠時無症候群によって誘発された腸内細菌の変化がさらに睡眠障害を起こす可能性を示唆しています。
2024年中国、山西医科大学にて睡眠時無呼吸症候群と診断をされている45人の糞便の遺伝子解析にて、重症な睡眠時無呼吸症候群だと善玉菌が減少し、悪玉菌が増加していることを報告しています。
睡眠時無呼吸症候群は低酸素と再酸素化を繰り返すのが特徴ですが、先述したスペインのマラガの研究所で断続的な低酸素に暴露されたマウスの小腸内腔でも低酸素と再酸素化のパターンを誘発されることを示しています。これが腸粘膜の損傷と酸素供給不足を引き起こし、腸内細菌の構成の豊富さに変化を生じさせると考えられています。
また睡眠時無呼吸症候群による睡眠障害が交感神経を刺激し、カテコールアミンの分泌が促進されます。これが腸の運動性に変化を起こし、腸上皮バリアを損傷し腸内細菌叢に変化を与えるとも考えられています。また、カテコールアミンは特定の細菌の成長を大幅に増加させる可能性も報告されています。
このように、睡眠時無呼吸症候群が腸内細菌に影響を与える証拠が報告されています。
2024年中国、南京中医薬大学の研究チームが、米国、カナダ、イスラエル、韓国、ドイツなど11ヶ国、18,340人の糞便微生物の遺伝子データと不眠症やいびきなど睡眠に関連する症状を解析したところ、いびき症状を持つ人にファーミキューテス門の腸内細菌が明らかに多く認めたことを報告しています。
睡眠時無呼吸症候群の患者さんはいびき症状を90%持っていて、逆に慢性いびき症の約30%に睡眠時無呼吸症を持つと報告されています。このようにいびきと睡眠時無呼吸症候群は強く関係しています。つまり、この報告はいびき症状が腸内細菌に影響を与えているのではなく、いびき症状がある人に睡眠時無呼吸の人がいて、そのために腸内細菌に影響が認められたと解釈した方が合理的です。
しかし、慢性的ないびき症状がある場合は、睡眠時無呼吸があり腸内細菌に影響を与えている可能性があります。せっかく「腸活」をしていても、寝ている間に腸へ悪影響を与えているのなら努力が報われません。近くの医療機関にて睡眠時無呼吸の有無を検査してもらうことを勧めます。
当院では、なぜいびきが生じているのかを診断しています。
適応のある患者さんに対しては、レーザーによるいびき治療を保険診療で行っていますが、外科的な治療ばかりがいびき治療ではありません。肥満があり重症な睡眠時無呼吸をともなっている場合は、まず体重の減量とCPAP治療やマウスピース装用を勧めます。
いびきについて悩んでおり、治療について診察を受けたい方は当院へ気軽にご相談ください。
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